貴族は卑族
私たちは人望を集めた人物が指導者として組織を治めるようなイメージをいだかされている。だから、貴族や王は、その中でも特に優れた人物なのだと考える。
果たしてそうだろうか。
人望を集める人物とは相手を尊重する人物である。相手を尊重するとは、相手を無理矢理動かすことをしないことである。人は千差万別であり、同じ結論に至ることは難しい。そうであれば、人々をまとめあげることなど本来はできないのである。
人の本来の生き方である、遊動する採集狩猟生活を続ける人々を見るとこのことがよくわかる。キャンプ地の移動、採集活動の生き先、人々の離合集散は、人々が自分の考えに基づいて決めている*1。人々は協力もするが、それは目先の利益を考えたものであって、濃い人間関係を求めているわけではない*2。
そんな状態を知っていると、集団をまとめて維持させていく者たちの正体とは、人々を否応なく従わせることで利益を得ようとする賤しいものたちであったことがはっきりと見えてくるのである。
貴族や王、また指導者たちを優れた人物であると思わせる価値観の植え付けから私たちは抜け出す必要があるのである。
*1 『森の猟人ピグミー』、『カラハリ狩猟採集民グウィ』
*2 『子どもの文化人類学/ヘアー・インディアン』