book_rubyring’s blog

面白い本を紹介

時事ネタに絡めて、視点を多角化多角化する本を紹介します。
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年月

若かったころの自分は何を考えていたか

それは新しい教育を受け、

新しい時代を生きる自分たちは

前の世代よりも進んでいるという誤解だった。

 

 

今の自分は何を考えているか。

 

新しいと見えた教育は

以前にもまして歪曲された情報の押し付けであったと見えてきた。

前の世代よりも進んでいるのではなく

前の世代と同じ轍を踏みながら

同じ間違いを繰り返しているだけであると見えてきた。

 

自分のポジションを得るために夢中で

立ち止まる余裕のない時代が

青春時代かもしれない。

 

年月を経て

私に見えてきたのは

そうして積み重ねてきた歴史が

人を動物としての存在から遠ざけ、

遠ざかった分だけ

不幸になっているという

大きな流れであった。

 

動物に近い生き方をしている

ピダハン、ブッシュマン、サン、ヘアーインディアンらは

動物としての幸せを感じている。

 

新しい教育を受けず、

新しい時代を生きない

人々の中に

動物らしい厳しさ

動物らしいあきらめがくれる

幸せがあった。

 

私たちに必要なのは

教育でも

医療でも

刑法でも

国家でもなく、

それらがないまま生きることのできる世界だった。

 

年月が私に告げるのは、

今の社会に合わせることだけを考えて生きることの

馬鹿らしさだった。

 

医療がないために

死ぬときがくれば死ぬ世界は

幸福だった。

 

教育がないために

学校にしばられることのない

子ども時代は幸せだった。

 

国家がないために

小集団の意志が通る世界は

幸せだった。

 

市場経済がない世界は

意味のない労働のない世界でもあった。

 

歳月を生きた人は

こうした価値観を

実感している自分に気づくことだろう。

 

 

現実を見ることでわかること

現実を見るとはどういうことか

 

たとえば、日常生活における情報量の偏りを補正してみよう。

無意識に日々を過ごしていると

東京と欧米先進国に良いことが集まり、

地方やその他の地域には悪いことばかりがあると

思い込むようになる。

 

現実を見るとは、これを補正しようと意図して取り組むことである。

 

 

 

生物について知ること

肉体について知ること

生命について知ること

地球の歴史について知ること

人類の長い動きを知ること

 

こうした取り組みを重ねていくと、

私たちが見せつけられている世界の偽物ぶりが

否応なく明らかになってくる。

 

 

 

これ以上語るのはやめよう。

私があなたに言いたいことは一つだけだ。

マスコミや教育を捨てて現実を見よう。

あなたも違和感を感じながら今まで生きてきたはずだ。

その違和感こそが、手掛かりだったのだ。

 

 

 

 

 

 

生き残るために英語を学び・外国人を受け入れるのかそれとも

北海道の土地を中国人が買い占めて北海道が北海道省になると不安をあおる記事のタイトルを見た。

 

実は、合法的に土地を奪うこのような手法は、白人たちこそが得意とするところである。

 

その典型的な例がハワイである。

 

ハワイは立憲君主制の立派な近代国家を築いていたのだが、白人の入植者たちを受け入れて選挙権を与えたことが命とりになった。増え続ける入植者の発言力が高まり、選挙によってハワイは合衆国に併合されることになってしまったのだ。

ひど過ぎるハワイ併合の歴史【民主主義の侵略】 - NAVER まとめ

 

 

明治以降の日本の歴史は、ハワイの歴史と変わるところがない。ただ国家としての形式が維持されているというだけである。だから、経済新聞も一般紙も、この土地に住む我々の幸福ではなく、世界経済に牛耳られながら生き残る道だけを示し続けるのだ。

 

人生相談は教えてくれる。現実を受け入れたとき問題は解決したも同然なのだと。であれば私たちもまた、博愛、民主、進歩などの幻想を捨てて、利己的で技術の進歩とともに堕落していく人類という現実を受け入れようではないか。

 

共謀罪

 

ヒトの大脳新皮質のサイズから考えると

ヒトにとって集団を維持できる最大サイズは150人ほどだという。

 

そんな小さな社会では人は発言力を持ち

隠し事はできず、

自分たちのいくすえを自分たちで決めていた。

 

文明人はそのような社会を野蛮と呼んだ。

 

文明社会の中で、

特に法治国家となり中央集権が進むにつれて

人の集団は膨れ上がり

秘密は増え、

人は発言力をなくした。

 

こうして共謀罪が作られた。

大型連休

大型連休のある世界よりも

 

休日の一切存在していなかった

世界のほうが

 

時間にも気持にも余裕があったという

 

皮肉。

 

 

 

 

大型連休

大型連休のある世界よりも

 

休日の一切存在していなかった

世界のほうが

 

時間にも気持にも余裕があったという

 

皮肉。

 

 

 

 

「終活」

私たちの生き方は、私たちが「生」と「死」をどうとらえているかによって決まってくる。

 

現代社会では多くの宗教が生と死についてお手軽に回答を与えてくれているし、日常生活は生と死からますます離れていき、生と死を深く考える機会を奪っている。

 

ならばまずすべきことは饒舌なマスコミから離れ、日常業務に追われる時間に少しの余裕を設けて、宗教のように誰かが用意してくれたものではない答えを探すために、生と死について考えることである。

 

生と死について考えろと言われてもどこから考え始めればよいのかわからないことが多いだろう。

 

私の場合は、人の本来の生き方を探るうちに、生と死について考えるようになった。

 

ピグミー、ブッシュマン、インディアンなど、本来の生き方に近い生き方をしている人々の暮らしぶりを知ることや、ゾウ、オオカミ、イノシシ、クマなどあるていど人間と共通点を持つ動物たちの生き方を知ることで、生れてから何十年も考えてみもしなかった生命の姿が見えてきたのだった。

 

あなたにもそういった情報に触れることをお勧めしたい。普段の生活では決して触れることのない世界に本を通じて触れることで、いままでなんとなく想定してきた前提条件が崩れていくことだろう。そうすれば、どう生きるべきなのかが見えてくるはずだ。

 

金もなく、孤独死しようとも、かまわない。それが私の今の心境なのだ。